羅針盤としての神尾陽子クリニック


お子さまのご家族に


 最近は就学前の早い時期から発達支援を利用される方が増えてきました。早期からの支援は発達障害支援の基本です。個人差がありますが、早い時期からその子の特性に応じた適切な支援を途切れずに受けると、あとあとの人生が良いものとなることは多くの研究が明らかにしています。お子さまの特性に気づく前は、どうしても家族は「この子はどうしてこんなことをするのか、どうしてこんなことができないのか」という見方に傾きがちです。子どもは自分の気持ちをまだうまく伝えることはできませんから、その結果、親子関係にひずみが生じてしまうこともあります。そういうときには、一人で悩まず、専門家に相談してみてください。お子さまの発達や情緒の状態を客観的に見ることで、きっと気づきも生まれ、お子さまへのかかわり方のヒントが見つかることでしょう。親が行動を変えると、驚くほど子どもも変わるものです。少しずつできるところから始めましょう。

 お子さまの特性は、家族だけでなく、学校や地域のかかりつけ医、支援機関など、お子さまとかかわりのある方々の間で共有してください。子どもは自分がありのままに認めてもらっているかどうか、とても敏感です。認めてもらっているという安心感をしっかり感じると、安定した気持ちを保つことができ、少し難しいことに対しても頑張ることができます。少々の失敗にめげず、自身の力を信じてポジティブに生きる人へと成長できるでしょう。

学校に上がってから

学校に上がってから


 発達障害の有無にかかわらず、学校生活が負担に感じる子どもは少なくありません。発達障害/特性のあるお子さんの場合、就学前には園や療育で手厚いサポートをもらっていたことと比べると、学校生活はスピードも速く、課題の量も多く、対人関係も複雑です。就学前のサポートが途切れないように、学校とよくご相談ください。就学前に支援を受けて順調に成長されていた方こそ、就学後も支援を続けていただきたいと思います。

 お子さんの特性と環境がうまく合っておらず、負担が大きすぎるときは、食事、睡眠、家での様子、学習、遊びなどにいつもと違う様子がみられるます。すぐに回復せず続くようであれば、黄色信号と考えて早い対応が望まれます。発達障害/特性のあるお子さまの心のケアはとくにていねいに見てあげてください。心身のバランスが崩れて不調が続く状態になる手前で、適切な対応をとることをおすすめします。

 すでに発達障害の診断を受けていても、不安に対しては不安に対する対応、気分の変化に対しては気分の変化に対する対応と、問題ごとに適切な対応が違いますし、すべていらいらを問題行動としてお薬の治療にたよることはおすすめしません。治療が必要な問題と、今、治療をしてはいけない問題の見極めが重要です。子どもに対する治療をする前に、たくさんすべきことがあるからです。

 子どもから、思春期、そして青年から成人へと成長していくなかで、発達段階ごとに取り組む課題は変わります。発達の節目で心の健康チェックを受けることをおすすめします。受験などで忙しくなり、心のケアはどうしても後回しになりがちですが、だからこそ、忘れずに今、がんばりすぎて心の負担が大きすぎないかどうか健康チェックしておくことは進路選びにも役に立つはずです。

 親子関係においても、関係性は成長に伴い、自立に向けて変わることが理想的です。その鍵となるのが友だち関係ですが、対人関係が苦手なお子さまの場合、親からの自立、子からの自立は特に難しくなりやすいです。親子関係がこじれる前に、少し立ち止まって、お子さまに合ったかかわりを見直すことをおすすめします。

発達障害?グレーゾーン?という問題

発達障害?グレーゾーン?という問題


 よく「グレーゾーン」という言葉で、発達障害の特徴があるけれども、発達障害の診断がつくほどではない方を表現することがあります。「グレー」という表現があまり良い印象はありませんが、要するに、障害か、障害でないか、といった白黒に分けられるものではない、ということを意味します。専門的には、診断基準(閾値)よりも、症状の数が少なく、症状程度も軽い場合には、「診断閾下」と表現します。エビデンスベースに厳密に考えると、診断閾下を診断に含めてしまうのは問題があるのですが、最近は大変広い意味で診断される傾向があるようです。ですから、どういう診断がついたか、というよりも、どの症状がどの程度あるのか、が大事になります。また、うつや不安症状の併存リスクも診断閾下では高いので、特性についてのアセスメントは予防や治療に意味があります。

発達障害か、愛着障害かという問題


 幼児を育てているお母さまからよく聞く悩みに、「発達障害なのか、親子の関係性の問題なのか」、「発達障害なのか、愛着ができていないのか」というものがあります。成人した娘さんをお持ちのお母さまからも「愛着障害だろうか」というご相談を受けることもあります。発達の問題が明らかにある場合でも、専門家から「発達障害という目で子どもを見るのではなく」、「関係性や愛着ができていない」ことをまず何とかしないといけない、といった指摘を受けたという話もよく聞きます。その結果、ご自身も「私の育て方が悪いのではないか」と責め、気持ちが後ろ向きになってしまう方も少なくありません。また相談する専門家によって、「発達障害」と診断されたり、「愛着の問題」と指摘されたりするとも聞きます。発達障害、愛着障害の大変な混乱が起きているようです。

 専門的な学術的立場から言うと、日本での一般の「愛着」の捉え方が広すぎるということができるでしょう。もちろん、愛着を大切に育むことはとても大事です。ただし、直感的に愛着が育っていると、対人関係は安定する、つまり発達障害特性は軽減する、と思ってしまうかもしれません。しかしながら、親の育て方が悪くて発達障害になるという科学的証拠は今では否定されています。発達障害は生まれる前から脳の発達の仕方が大多数の人のそれとは違っているために起きるものだということはほぼ間違いありません。

 一方、発達障害の特性を持ったお子さまの子育ては、子どものこだわりが強く、かんしゃくを起こしやすいなど、大変難しいケースがあります。そういうケースでは、親は悩みながらも、お子さまに対して指示的になりやすい傾向があります。発達障害のないきょうだいに対するかかわりと違っていることに気づかれることもあるでしょう。ところが、いくら強く指示したとしても、効果はないので、ますます親の不安は強くなってしまいます。その結果、親子の相互的な関係性がうまく築けないことはよく起きることです。その場合、親子の相互関係性に着目して、子どもへのかかわりを修正することで、子どもの情緒は安定し、その結果、本来のお子さまの良いところがはっきり見えてくることがあります。お子さまの「発達障害に見える症状」が改善することもありますし、逆に、はっきり特性がわかることもあります。お子さまに合った育児支援には、こうした視点を大切にしたいという思いから、幼児アセスメントコースをお勧めいたします。

おとなの方に


 職場での対人関係の問題や仕事上の失敗の繰り返しなどから、おとなになって初めて発達障害の可能性を指摘され、あるいはご自身で気づかれて、精神科の受診を希望する方が増えています。子ども時代に不登校を経験された方の場合は、これまでに多くの相談機関や医療機関を経験されているかもしれません。子ども時代、家庭や学校では問題なしとされていた方も、生きづらさのためにすでに複数の専門家を訊ねた経験をお持ちかもしれません。漠然とした生きづらさを抱え、社会適応の努力を重ねてこられた結果、疲弊し、不安やうつなどの精神症状が前面に出ている場合でも、その背景に発達特性があることに気づかれたとしたら、長くつきあうことになる発達障害の特性と、治療可能な不安やうつなどの症状とを整理してみてはいかがでしょうか。

 おとなの方にとって、発達障害の特性も大切なアイデンティティの一部となっているのではないでしょうか。それを治す、変えるというように考えるのはおすすめしません。ご自身の特性理解は、これまでの自己イメージを変える、できればポジティブに変えるきっかけになりえます。そして未来に目を向ける心の余裕も生まれてくるでしょう。ご家族にとっても、これまでの育てにくさがなぜだったのか理由がわかることで、自責やとらわれから解放されるきっかけにもなるでしょう。そして現実的なサポートについて考える心の余裕が生まれ、よいよい家族の関係性を築いてゆく希望が生まれることでしょう。

「もし、ぱちりと指をならしたら自閉症が消えるとしても、私はそうはしないでしょう―なぜなら、そうしたら、わたしがわたしでなくなってしまうからです。自閉症はわたしの一部なのです。」

 テンプル・グランディン (出典 オリヴァ-・サックス:火星の人類学者:脳神経外科医と7人の奇妙な患者. 吉田利子(訳), 早川書房, 東京, 2001.)※)テンプル・グランティンは自閉症を持っており、多数の著書や講演を通して啓発活動を行っている女性です。

発達障害のある女性

発達障害のある女性


 これまで発達障害は男性に多いと考えられていたため、発達障害の女性の支援ニーズは見逃されてきました。それは決して女性の発達障害は症状が軽くて支援が不要だからではなく、男性基準の診断というものさしでみると、女児や成人女性の対人的な問題や衝動性の問題が見逃されてしまうからだと考えられるようになってきました。発達障害に限らず、医療においては、これまで男性中心で、性差に敏感とは言えない傾向が、ようやく近年指摘されるようになってきました。

 医療機関に治療を求めてくる発達障害のある女性は、確かに男性と比べて症状の程度は軽い傾向があります。この「症状の軽さ」イコール「周囲からみてわからない」ということこそ、女性が無理して周囲に合わせようとして、ある程度、合わせられてしまう生きづらさの核心なのだと考えられます。近年、こうした無理に周囲から特性を隠すような行動を「カモフラージュ」と言い、注目されるようになってきました。カモフラージュを長くしていると、ますます自分が誰だかわからない感覚や自身を失うというネガティブな影響があるからです。やはりありのままの自分自身を理解し、受け入れ、自分らしい生き方を見つけていっていただきたいと思います。

 発達障害のある成人女性は、異性関係、結婚、育児などに際して、男性では経験することのない負担を辛抱していることが多いと思われます。特に日本の社会は女性に寛容とは言えないという大きな課題が指摘されていますが、ステレオタイプな女性像、母親像が根強く、支援者の中にも先入観があることも否定できません。特に、むずかしい子育てをしている母親たちへの支援には、母親自身の発達特性に合わせた支援はあまり浸透していません。その結果、発達特性のある母親は、一番支援が必要なのにもかかわらず、適切な支援が得にくい状況になりがちです。

 発達障害のある女性に対する性暴力や性に関係する問題は外部から見えにくく、精神的な後遺症は当人の問題行動と誤解されやすいことは注意する必要があります。受け身的になりやすいところ、他人の言うことを信じやすいところが、時にリスクを招いてしまう可能性があるということです。